「よかいち」のプロフィール
山路昭雄 1930年生まれ、77歳
四日市市 生まれは津市内の田舎
少年時代は戦争一色、空にあこがれて、敗戦間際の数ヵ月間、予科連を体験、と言っても飛行機に触ったことなし。戦後、某新聞社の給仕として雇われ、その後数年、記者見習い・駆け出し記者。その頃からカメラを友とする。
四日市での駆け出し記者時代、市役所に乗り換え、以来30年余、行政広報マン。この間、全国広報コンクール広報紙部門で1位、総理大臣賞を受けたこともある。
55歳の時、今度は商工会議所に移り、またまた広報を担当、70歳で自由の身となる。
現役時代に写し貯めた、あるいは収集した四日市に関する写真を眠らせておくのはもったいないと思い、その整理・保存・活用の手段として、また同時に、これまで仕事として写していた写真を趣味として生かしていこうと思い、スタートした。
また、HP作成の方針としては、 これまでの広報づくりの手法である「見やすい、見て分かる、見て印象に残る」を基本にして、複雑なテクニックはできるだけ避け、シンプルに表現するよう心がけている。
記者時代からの癖で、エンピツの殴り書きを続けていたが、会議所時代(約10年前)、勧められてワープロ、さらにはパソコンでの原稿作りに挑戦、その便利さと写真処理の面白さにとりつかれてしまった。だが、パソコンに関する専門的知識はゼロ、参考書も読まず(読んでも分からないから…)、まったくの手探りで続けている。
現役時代は報道・広報写真が主体、従って人の入らない写真なんて写真じゃない…が基本だったので、風景写真でもそれにふさわしい人物を必ず入れていた。今では、みなさんに感化されて、人の消えるのを待って写すことが多い。また、三脚を使うことはほとんどなかったが、その癖は今も直らず、花のマクロも手持ちで写し、失敗を重ねている。
昔は飲む、突く(ビリヤード)、歌う(カラオケ)などのお遊び。今はこれに写真(前は仕事)とパソコンが加わる。
阪神大震災とは関係ないが、その1週間後に妻が他界、以来まったくの一人暮らし、いわゆる独居老人であるが、本人はけっこう若いつもりでいる。食べることがいちばんの仕事。
本名
現住所
歩み
HP作成
の動機
パソコン歴
写し方
今と昔
趣味
日ごろの暮らし
よかいちのプロフィール
はたちの頃、そして今
05.9.8 紀和町で